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望郷の念、進まぬ職探し

福島から山形への避難者 望郷の念、進まぬ職探し(河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110416t65045.htm

 福島第1原発事故の収束時期が示されないことが、福島県外で暮らす避難者の生活再建に影を落としている。山形県内でも、避難所を出て公営住宅や宿泊施設などの仮住まいに移り、子どもを通学させるなどの動きはみられるものの、難航するのが職探し。帰郷への淡い望みが、人々の腰を重くさせている面もあるようだ。

 13日にあった清水正孝東京電力社長の記者会見。「1日も早い時期に対応策を示したい」と述べるにとどまり、この日も原子炉冷却安定化などの展望は示されなかった。

 「長期化で生活費も心もとない。でも、1日も早く家へ帰りたい」と話すのは、南相馬市鹿島区の農業仁木展征さん(62)。息子夫婦、孫ら一家10人で山形市の避難所に来て約1カ月たった。

 原発から30キロ余り離れた平野部で40年、稲作を続けてきた。コシヒカリを契約栽培し、東京にも得意先を持つ。例年なら5月初めは田植えの時期だが、ことしは作付けを断念した。

 「山形で全く別の仕事を始めるのも難しいし、いつまでいるのかも分からない」と仁木さん。耕地の荒廃を防ぐには田の水張りなどが必要で、収入がゼロでも農機具の燃料費が出ていく。

 南相馬市原町区の岡和田秀文さん(30)も仕事を決めかねたまま、山形市で避難所生活を続けている。「原町へ戻れるか、山形に避難し続けなければならないかが見えないと、仕事探しどころではない」と訴える。

 山形市の避難所では13日、人材派遣会社2社が相談窓口を設けたが、訪れる人はまばら。アデコ山形支社の田中康晴さんは「福島に戻りたいという人が多く、長期の求人が多い現状では、かみ合わない」と分析する。

 上山市の「タケダワイナリー」は4月に入り、避難者向けにブドウの収穫作業などのアルバイトを募集したが、応募は皆無。岸平典子社長は「1日でも地元に戻るまでの間でもいい。避難所に足を運び、詳しく説明したい」と模索を続ける。

 山形労働局職業安定課の鈴木孝治地方職業指導官は「もう少し時間がたてば国や県の就労支援策も具体化し、仕事の面でも落ち着いてくるのではないか」とみている。(浦響子)

2011年04月16日土曜日
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