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茨城県の福島からの避難民受け入れについて

今回のブログは、茨城県の福島からの避難民について調べたことを報告する。

まず、茨城県庁に、福島からの避難民の受け入れ情報を聞いてみた。

受け入れは市町村が主体。
現在10ヵ所で受け入れている。

人数 1800人→233人(*茨城新聞は17日午後5時半現在、411人としている)
減少した理由・・・いわきから逃げてきた人が多く、彼らのほとんどが戻った。
今、残っている人は、原発から30km圏内の人、そして自宅が損壊して戻る場所がない人である。
避難所暮らしが長くなっているので、ホテル・旅館を県が用意して住むようにしている。
233人の中には、当然子供もいる。彼らは、受け入れ自治体や地元のサポートで学校に通っている。
県南最大規模の避難民を受け入れたつくばの洞峰公園の避難所も昨日終了した。
そこに避難していた方は、全部ホテル・旅館に移った。
次の課題は、彼らの住宅をどう確保するかになっている。

県の災害対策本部に福島県から職員が2名派遣されていて、その2人が福島の人たちのケアをしている。
県としては、受け入れはほぼ終了したと考えている。
計画的避難区域の話は、一方的に国がやったもので、県としてはまだ何もいえない。

そもそも、茨城県の災害対策本部は、県民のために想定されているもの。
通常の災害(地震)では、自治体で対応するため、県はサポートできる。
しかし、大規模な原発事故が発生して、一つの町全体が他県に来るような事態は想定していなかった。
茨城県も沿岸部は津波や液状化でやられていて、まだ避難所暮らしの人も多い。
福島と同時並行でやっている状態。
あくまで本人の希望だが、覚悟を決めて残りたいという人は長期的に支援していく。

南相馬市民に対しては、県南の自治体から手が上がっている。
県が把握しているのは、取手市、坂東市、常総市、つくばみらい市
つくばみらい市では、保育園の臨時雇用2名、1年間の住宅つき。すでに採用が決まっている。


次に、県の担当職員の紹介にしたがって、自治体に電話で問い合わせをしてみた。

【取手市】 0297-74-2141
取手市は、南相馬市と災害提携都市にある。
福島から受け入れている避難民は100人強(茨城新聞の調べでは106人)いる。
現在、取手競輪場内にある選手の宿舎を使っている。
その中には、もちろん子供もいるが、市としては転学したかどうか把握していない。
県の教育委員会*が窓口になっているのでそちらに問い合わせて欲しい。

*茨城県教育委員会義務教育課によると、茨城県の小中学校全体で、450人の児童生徒を受け入れている。

【坂東市】 0297-35-2121 社会福祉課
あくまでも南相馬市の方に限定。
住宅 約60世帯
雇用 約30社(60名)をすでに確保。
10万円を市が支給し、住宅は1年間無償で住むことができる。
住宅と雇用がセットになっていて、現在、4世帯が住み始めている。
今日も南相馬から物件を見に来る人がいる。
今後、少しずつ増えていくと思われる。

【常総市】 0297-33-2111 社会福祉課
常総市では、担当する方と話す機会があったので、その話を紹介する。

(受け入れの現状)
常総市は、現在、あすなろの里に21名がいる。
そこは、短期の避難所になっていて、今月末で閉鎖が決まっている。
中には、小児を抱えた母親が、不安だから閉鎖になるまでここにいるケースもある。
県内の話だと、すでに笠間にある教育研修センターやホテル・旅館に移った方もいる。
それぞれの家族にいろんな事情があって、戻るかとどまるか、迷っている方が多い。

(常総市の取り組み)
常総市としては、希望があれば30キロ内外、さらに被災地から幅広く受け入れる方針。
雇用と居住のセットになっていて、その話に納得した世帯を受け入れる。

問い合わせはすでに40-50件あって、中には宮城の石巻や南三陸からもある。
原発が今度どうなっていくか、さらに、被災地復興も厳しい中、決断する材料も乏しいため、迷っている方が多い。
受け入れの数には限りがあるので、気になった方は早めに社会福祉課まで電話して欲しい。


最後に、実際の避難所はどうなっているのか?
そのことに触れて、この記事を終わりにする。

龍ケ崎市在住の方が、地元の避難所に実際に行き、ブログで彼らに必要な支援を求めている。
ここでは、そのブログを紹介する。

【拡散希望】避難されてこられた方々が今必要とされているものを
http://ameblo.jp/beads-leather/entry-10864736224.html

市の社会福祉協議会は、避難所の運営について詳しく掲載している。
http://super.fureai.or.jp/~ryu114/sub9/hinannjyo.html

市役所に問い合わせたところ、避難所になっているたつのこアリーナは今月末で終わる。
今、たつのこアリーナで暮らす一家族が、元々避難所になっていた福祉センターに戻り、他は佐貫駅前のホテル、福島県が用意した宿泊施設、市が用意した住宅に移ることになっている。

彼らに対して、息の長い支援が必要である。

*記事追加*
どう見てもきちんとした人数を茨城県庁も受け入れている自治体も把握していない。
このままだと福島から離れて暮らす人たちに申し訳ない。
私の力では、福島に今も住む子供たちを救うことはできないが、せめて茨城に来てくれた人たちの手助けになれたらいいと思っている。
後日、追加の記事を書きます。
それが私にできる唯一のことです。
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避難所閉鎖の今後

初めまして 龍ヶ崎市たつのこアリーナ避難所でボランティアとして参加していました。少人数の避難所ではありましたが色々ありました。

避難所は4月末で閉鎖され、物資も停止し被災者の方々は市内の雇用促進住宅や借家、福島から用意されたビジネスホテルに滞在中のご家族とさまざまです。

「自立」「プライバシーの確保」と市と社協は言われ、被災者の方の中には市の働きかけで就職を決まった方も居ます。まだ1名ですが。

最初に物資を集める係りでしたが物資受付開始時から後半は本当に少ないものでした。市や社協に呼びかけをお願いしても「片付けるのが大変」「被災地は救援物資が沢山集まってきている」というものでした。

市長さんのブログにコメントし続けたら避難所閉鎖前1週間の時にいきなり「龍ヶ崎市ボランティア広場」という掲示板が立ち上がりましたが自宅待機させられている
多くのボランティアの方々はその掲示板さえ知りませんでした。

「避難所開設しました」「ボランティア500人以上登録されました」とアピールされても避難所閉鎖時の大掃除に市長さんも市職員の姿も無かったのはなぜだろうか。

避難所を閉鎖した後もうすでに3週間が経とうとしているが被災者の方の孤立が一番の心配です。

避難所にいた被災者の方々の連絡先もお互い知らぬ間に閉鎖になってしまったという声が聞かれます。

そして避難所を利用しなくても市内の身内のお宅などに避難している被災者の方が多く居たことを後で知り、救援物資の集め方や避難所での対策がまったく無かったのをとても後悔しています。

お時間があれば「龍ヶ崎市ボランティア広場」と言う掲示板見てください。

私と残ったボランティア4名では住所や連絡先が分かっているお宅にたまにお顔を見ることしか出来ません。

他の避難所閉鎖後の様子やボランティアの方のブログがありましたら教えて欲しいです。

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